
オレは走っていた。
痴漢冤罪の疑いを掛けられたのだ。
断じてやっていない。
通勤電車の中だった。

オレは片手に荷物を持ち、もう片方の手は吊皮を掴んでいた。
突如、隣に立っていた女が吊皮から手を引き剥がす様に掴み叫んだ。
「この人チカンです!」
…と。
一旦そうなったらもう終わりだ。
周囲の空気がさげすみに満ちる。
背筋が冷たくなった。
これが有名な痴漢冤罪か…。
こうなったら最後、社会的地位も何もかも失墜してしまう。
親に苦労を掛けて大学を出たことも、苦労して就職した正社員の地位も何もかも失ってしまうというのか!
気が付いたら走っていた。
どこかで読んだことがある。「そうなったら逃げろ」と。
証拠を残さない様にカバンを死守しながら走った。

正義感に駆られた馬鹿どもが追いかけてくる。
駅の中の情景がよそよそしく感じる。
オレは祈った。
どうかこの状況から助けてください。どんな犠牲を払ってもいいですから!
息が苦しくなった。
もう走れない。
もう駄目だ…。
オレは立ち止まった。
眼を血走らせた男がオレを押し倒して羽交い絞めに…はしなかった。
どどどどど…と通り過ぎて行く。
…なんだ?…助かった…のか?
安心すると全身に例えようのない違和感が襲ってきた。
脚が…涼しい…?
目の前の壁が鏡面状になっていた。
オレはそこに映る自分の姿に絶叫した。

鏡の中の女も絶叫していた。
(END)
この記事へのコメント
通りすがり
追いかけてきた男の前で女性に変身して追いかけてきた男が痴漢として連行される流れでも良いかも。
ずうずう
…そのアイデアで次書いてかいてみていいですか?